2006年09月29日

湾岸戦争時の掃海艦派遣 エピソード

■掃海艦派遣
パート1・15 :バーチャバカ一代 ◆3iCOYKds :02/02/24 22:32 ID:tQ6+jATg


2月末に戦争が終わると、アメリカはペルシャ湾の機雷の掃海艇の
派遣を正式に日本に要求してきた。

ペルシャ湾に出入りする船は日本船か、日本が借りた船の数が圧倒的に多く、
また自衛隊の掃海技術は国際的な定評があった。

本来なら日本側が進んで掃海艇派遣を買って出てもおかしくない所である。

しかし、社会、公明両党など野党側は「自衛隊の海外派兵につながる」と
強く反対した。

掃海艇派遣の決定をするのに1ヶ月以上を要し、さらに掃海作業に最も
威力のあるヘリコプターを積んでいく事を禁止された。


第一掃海艇群6隻が出発したのは4月26日。

わずか400トンの掃海艇群は、速度が遅く、35日から40日も
かけてインド洋を渡った。

しかしドバイの人々は日の丸を振って、掃海艇群を歓迎し、現地の
日本企業の売り上げは倍増したという。


その後、酷暑のペルシャ湾で、掃海艇群は一触即発の機雷に接近して、
死と隣り合わせの処分作業を続け、計34発の機雷を爆破処理した。

航路の安全を確保した後、呉市の基地に無事帰還したのは10月30日
だった。

広島県クウェートのアルシャリク駐日大使は呉まで出迎えて、こう述べた。


『機雷掃海の任務を終え、帰国されたことに感謝します。
初めて日本が海外に自衛隊を送ったことの意味は、
湾岸各国だけでなく全世界が高く評価すると
思います。



 130億ドルの拠出と在日米軍基地の提供とで、わが国は湾岸戦争の
最大の貢献国だったのに、"too little, too late(少なすぎ、遅すぎ)と
酷評され、罵倒された。

しかし130億ドルの千分の1の費用で行われたこの掃海作業への感謝は
心のこもったものだった。

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「日本の掃海技術は世界一」という話は,湾岸戦争当時から,
マスコミでもよく報道されて,知っていました.

戦地に軍隊を送れない「自衛隊」だからこそ,戦後の処理を
真っ先に貢献するべきだったのでしょう.

訳のわからない「社会党」や「公明党」の主張は,今だったら,
一蹴されそうですが,当時はまだ“戦争アレルギー”だった
んだと思います.

やっぱり,こういった地道な活動こそ,「日本の誇り」であり,
日本人全員が知っておかなきゃいけないことなんでしょうね.


posted by Ojiron at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の誇り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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